はりねずみ通信
2018.05.28
8分
土曜日、無事帰国した。
2018年5月21日〜23日、ポルトガルのリスボンで開催されたVES(veterinary endoscopic society)に参加し、腹腔鏡下胆嚢摘出(LC)について発表してきた。 多くの方々に応援していただいたので、その経緯を書きたい(ちょっと長文です)。
以前よりVESで「いつかは発表したい」と思っていた。だが、機会は2月に訪れた。 日本で行われた講演会に招聘した米国のメイフュー先生が、そのときの私の発表を聞いてVESで発表しないかと声をかけて下さったのだ。 「もう締め切りは過ぎているが、かけ合ってみる」 とその場で事務局にメールを書いてくれた。
VESまであと3ヵ月を切っていた。 私が一昨年まで行ってきたLC76例をまとめ、どういったコンセプトで手術をしているかを英語で伝えなければならない。
医師のH先生や、研究会の仲間の協力も得ながら進めていった。
私なりに、この発表の重要性は理解しているつもりだった。
犬の胆嚢摘出はそもそも手術の難易度が高く、通常の開腹手術で行った場合でも手術成績があまりよくない。それは過去の論文でも明白である。 そして、腹腔鏡手術に関していうと、米国とカナダの複数の獣医師がまとめた軽症の胆嚢疾患20例が世界で最高の症例数だった。 当院の76例は、来院時にすでに黄疸が見られたケース16例を含む、難易度が高い症例群である。それを研究会で検討してきたコンセプトに基づいて手術し、開腹手術を上回る治療成績を残すことができた。今回はそれを発表するのだ。
詳細は割愛するが、いままで動物の腹腔鏡手術で行うことが難しいとされてきた順行性アプローチ、膜の解剖に基づく剥離法、術中胆管造影をルーチンで行うこと、などの手技の詳細やその目的を正しく伝えなければいけない。 私に与えられた時間はたった8分しかない(むりやりプログラムに入れてもらったので、これで勘弁してね、といわれた)。伝える情報量、内容の複雑さ、外国語であること・・。
多くの人は、 「だれか英語が得意な人に訳してもらって、ただ読めばいいだけじゃないの?」 と考えると思うが、それは避けたかった。この手術法の詳細を絶対に間違って伝えたくない。 すみずみまで自分のものにしたかったので、まず全部自分で英訳し、それをネイティブの人にチェックしてもらい、また確認する。それを繰り返した。 切る、剥離する、管を入れて閉塞物を除去する・・。こういった表現は、通常会話と医学では異なる。ニュアンスが違うと、違った伝わり方をするかもしれないのである。
この作業が思いのほか時間がかかった。スカイプの先生(来年卒業する予定の医学生)に何度もお願いし、隅々まで修正した。 全部の作業が終わったのは、リスボンへ向かう1週間前である。それから読みの練習をする。英語の先生に読んでもらったのを録音し、何度も聞く。それを先生の前で読み、おかしなところは直してもらう。
診察がおわったあとや早朝にそんな作業をしていたので、ここ1ヵ月は毎日4時間くらいしか睡眠時間がとれなかった。
そして、出発。 日本からリスボンまでは乗り換えの時間を含めると18時間くらい。その間もほとんど寝ずに読み練習と質疑応答の練習をした。
「次のスピーカーは、日本から来たドクター・カナイです。ではどうぞ」 生涯でこれほど緊張したことはなかった。 絶対に伝えきらなければいけない、というプレッシャーである。
8分間、うまく話せた。
一番最後に、いつも練習している折り鶴のビデオを少しだけ流す。
Making Origami laparoscopically is good practice.
たくさん拍手をもらった。
終わったあとは、頭が真っ白で、会場からのいくつかの質問にはうまく答えられなかった。 でも、休憩時間の時に質問者のところに行ってちゃんと質問には答えてきた。
ほんとうにちゃんと伝わったか。 会期中にいろいろな獣医師に聞いてみた。米国、フランス、英国・・どのひとも(はじめて目にする内容だったにもかかわらず)話した内容を完璧に理解していた。
彼らはみな外科の専門医である。この手術の難しさは、よく理解している。 私の英語がつたなくても、「誰かが懸命に取り組んだ事柄」にちゃんと敬意を払ってくれる。そして最大の賛辞を送ってくれた。どんなにたいへんな手術か、よくわかっているからだ。
とくに、この学会の中核を占める米国の大学の外科医たちに認められたのは嬉しかった。今回の学会の中で、一番いいプレゼンだった、と言ってくれた(来年はもうちょっと時間をくれるのだそうだ。よかった)。
8分間で話した内容で、LCのすべてが表現できたわけではない。
でも、胆嚢摘出術の難しさを知るひとにはわかったはずである。LCを正しいコンセプトで行うことこそ、合併症の多いこの疾患の未来が開けることを。
折り紙がウケたから拍手が多かったか。
私はそうは思わない。 (でも、実際おもしろがられてフェイスブックのGloval Veterinary SurgeryやVESのページに折り紙の動画が載った。一瞬にして世界中の獣医外科医が折り紙のことを知ったはず)。 会期中に個別に質問されたことは、手技に関することばかりだった。 私が折り紙ネタを入れたのは、この手術が日頃の訓練なしには決してできないことのメッセージである。
私がこれを書くのは自慢をしたいからではない。 むしろ、これからも変わらず自分をキープしていきたいと思っている。自惚れるつもりはまったくない。今回の機会も、単なるはじまりに過ぎない。
これを読む人に伝えたいのは、うまく誰かに伝えることができたうれしさだけである。
すべてを出し尽くした8分間で、私の中の何かが変わった。本当に得がたい体験だった。やりきったことで、強い自信と確信がうまれたのだ。
サポートしてくださったすべての方、応援して下さった方々に、本当に感謝したい。
5件のコメント
先生おはようございます(そしてお帰りなさい!)
一世一代の発表だったのですね、無事に成功されて、おめでとうございます。
そして、そんな大変な発表前に、うちの犬のことでお手を煩わせてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
チッチですが、おかげさまでメキメキと回復しております。昨日先生にご紹介いただいたT先生の病院に行き、本当は血液検査をするはずだったのですが、うっかり朝食を食べさせてから行ってしまい、来週になりました・・・(^-^;
2週間前は、自分からはほとんど食べなかったので、検査の際にそんな心配がなかったので、ほんとウッカリでしたが・・・先生苦笑いされていました・
ただ、状況をお話しして、経過としては良好だとおっしゃっていただけました。
先生のすごいところは、こんな大事な発表を控えている前日であっても、まったく手を抜くことなく、メールのひとつひとつ、診察の一件一件、丁寧にみていただくことだと思いました。
あの時先生にご連絡していなければ、今頃うちの犬は命がなかったかもしれません。
高齢ですのでこの先あとどのくらい一緒にいてくれるかはわかりませんが、適切な治療をしてあげて、少しでも元気を取り戻してくれたこと、自分からご飯を食べられるようになったことに、感謝しかありません。
すみません、コメント欄で長々と書いてしまいましたが。
T先生もリスボンで先生の発表ご覧になったそうで、昨日お話しされていました。
世界中の獣医さんが、先生の発表をご覧になり、刺激をうけ、今後の動物医療の発展につながるように、私も心から応援しています。
先生、いつもありがとうございます!
usagi158さん、連絡遅くなりました。リスボンでT先生から様子は聞いていたので、大丈夫かと・・。
元気になってきたようでよかったです。また何かありましたら、いつでも連絡くださいね。
お疲れ様でしたm(__)m
8分は長い様で短いですね。その短い時間で海外の方に伝えて、理解を得るって、さすが先生の一言です。
また新たな一年が始まる訳ですね。先生の技術が広く世界に浸透して行くのが楽しみです。
ふうさん、こんな短い時間でこれだけのことが伝えられたことは、大きな自信になりました。
これをきっかけに、また地道にやっていきたいです。
先生!おかえりなさい(*^^*)
お疲れ様でした!
そして、
おめでとうございます!!
コバシさん、ありがとうございます!
congratulations on your success!
動物達の明るい未来の架け橋に。。
飼い主達は、とても嬉しく、頼もしい限りです!
きなこさん、基本はすべて普段の診察にあるので、これからも普通にやっていきたいです。
金井先生の情熱の全ては、「動物たちに低侵襲医療を!」という、温かいお志から生まれたもの。
また自分の思いを「出し切れた」と感じられることがいかに素晴らしいか…先生、私もとても感動しています!!
金井先生、本当にありがとうございます、お疲れ様でした。
canさん、ありがとうございます。低侵襲医療を進めていきたい世界の獣医師と出会えたのが最高の収穫でした。
意見を交換することで、新しい可能性が生まれる予感がします。