はりねずみ通信
2017.03.06
エラーと合併症
人の内視鏡外科の研究会に参加したときのこと。
内視鏡外科は、ただしく行うことで身体に負担が少ない治療ができるが、技術的な難しさがある。技術が伴わないと、患者さんを危険にさらすことになるため、さまざまな取り組みが行われている。
手術の標準化(一定の手順に沿って進めていくこと。簡単に言うとマニュアル作り)、基準に満たない人が手術を行わないように、認定医制度を作る(概念は違うかもしれないが、自動車の運転免許のようなもの)、などである。
そういった努力を尽くしても、よい結果が得られないこともある。手術に伴って、別の疾患が併発することもある。それを合併症(あるいは併発症)という(たとえば、手術のあとに起こる腸閉塞など)。
合併症は「防止不可能」なもの、と定義される。合併症が起こらないために、いかに行うかを目指すべきであるが、一定の確率で起こってしまう。
それに対し、防止可能なものをエラーという。
確認を怠る、勘違いをする、間違いがあったことを報告しない、マニュアルに従わない、といった人的なものが大半である。エラーは必ず防ぐことができる。
研究会では、そのような議論がなされていた。
リスクの高いことを行う場合、エラーをゼロにするのは必須事項である。人間の取り組みで防止できることは、かならず防止しなければならない。でなければ、命を預かることができないはずである。
人の内視鏡外科研究会に出席したあと、ふとしたきっかけで福島に行った話を書いた。
詳しくは書かないが、福島の人が今も風評被害や偏見のために苦しんでいることを聞いた。
原子力発電所が、地震によりこのようなことになったのは、「合併症」と言えるかもしれないが、そのあとのこと、すなわち行政の対策の遅れや、きちんとした情報公開をしないこと、風評被害は「エラー」である。
そもそも不完全な人間という生き物が、知性や倫理観を持って、いかにリスクを管理するべきか。
あらためて考えたいと思った。
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