はりねずみ通信

2015.06.08

ゆきちゃんのこと

猫のゆきちゃんがはじめて来院したのは2年ほど前だった。もう16歳になっていたが、耳の付け根に腫瘍ができ痒がっている、とのことだった。
診ると皮膚の広範囲に、小さな隆起が粟粒のようにある。細胞診の結果は肥満細胞腫であった。
広がっている領域から、手術による切除は不可能と判断した。
幸い猫の肥満細胞腫は、犬と違い急速な進行が見られないことが多い。ゆきちゃんの場合は高齢でもあり、薬による治療を勧めた。

飼い主さんのFさんや一緒に来院したお嬢さんが、ゆきちゃんのことをとても大切にしていることがわかった。
耳の周囲を掻くのを防ぐのに、エリザベスカラーをしなければならなかったが、ゆきちゃんはあまり好きではないようだった。
「フエルトか何かで、やわらかいカラーを作ってはどうですか?」
と提案すると、次の時にやわらかくてかわいい模様のカラーを上手に作ってこられた。そういうひとつひとつのことを、とても丁寧にされることから、ゆきちゃんへの気持ちが伝わってきた。

昨年10月、ゆきちゃんの食欲がなくなった。
調べたところ、肥満細胞腫が脾臓に転移していることがわかった。猫の肥満細胞腫は、脾臓に原発することはまれにあるが、皮膚から脾臓へと広がることはあまりない。もしかすると、皮膚とは関係なく発生したのかもしれない。いずれにせよ、脾臓が腫れて食欲が低下しているので、手術が必要な状態だった。
転移病変であるかもしれないので、手術は根治治療にはならない。せっかく手術しても、また再発する可能性もある。17歳なので、麻酔のリスクもある。
「どうしますか?」
と訊いたところ、家族で相談するとのこと。でも、次回の来院の時には、決然とした面持ちで、
「お願いします」
と言われた。
手術はうまくいき、ゆきちゃんはまた元気になった。

今年の4月、今度は耳の部分の腫瘍が増大し、大きなしこりになってきた。そこが自壊し、化膿してきのだった。さまざまな治療で改善がなかったため、その場所の部分切除を行った。ゆきちゃんはその手術も乗り切ったのだった。

高齢の動物を手術するとき、余命を考えると躊躇することが多い。Fさんのご家族も、そのたびに真剣に相談されたようである。
けれど、現状ではそれが一番の選択だと判断し、私に任せて下さった。

ゆきちゃんは、先週亡くなった。腫瘍の全身への影響からと思われた。18歳であった。
挨拶に来られたFさんは、こんなことを言われた。
「わたしは、動物病院へ来るのがとても楽しみでした。通院が苦痛であると思ったことは、一度もありません。いつもゆきを連れて、楽しみに来院していたのですよ」
病気の治療は、大変なことである。そのなかで、Fさんは希望を持っていつも来院されていたのであろう。
「楽しみだった」という言葉に、私はとても深い意味を感じて、胸が熱くなった。

ゆきちゃんの火葬の時、お嬢さんが作った布製のエリザベスカラーを枕にしたのだそうだ。
これほど大切にされたのである。今頃、きっと天国にいると思う。

 

 

 

 

 

3件のコメント

  • かない先生
    『ゆきちゃんのこと』をお書きくださりありがとうございます。
    本日早朝、ミラノに住んでいる二女(エリザベスカラー担当)からのコールで私たちは目を覚ましました。もう姿はありませんが、いつもの朝のようにゆきちゃんの居場所と様子を気にしながらミラノとのラインも繋げたまま、私はふと「かない動物病院」のホームページを開きました。私たちの安らぎの場所でしたから……するとそこに『ゆきちゃんのこと』の文字が!まさか!とびっくりしましたが、私は嬉しくてみんなに聞こえる声で、大事に大事に読ませていただきました。夫も娘たちもみんなで聴きていました。
    ゆきちゃんの心臓の鼓動が静かになった時も長女の判断で二女にラインを繋ぎ体が冷たくなるまで一緒にゆきちゃんの名前を呼び「ありがとう」の言葉を何度も伝えることができました。

    かない先生にはゆきちゃんの命を何度も救っていただいただけでなくゆきちゃんと私たち「家族の心」も救っていただきました。本当に穏やかで楽しくて幸せな時間でした。ゆきちゃんと通院をはじめて季節が2度巡りましたが季節ごとの待合ガーデンの大きな木とお花も大好きでした。
    そしてスタッフの皆様には「本当の優しさ」でいつも私たちを支えてくだりありがとうございました。清々しい想いで感謝を申しあげます。

    私がこうしてかない先生にお出会いできたのは、あまり多くを語らないあるお花屋さんのお兄さんの言葉でした「僕はあの病院が好きなんです」
    ゆきちゃんの天国行きのお花はそのお兄さんのお店でいただいて、お礼を伝えることもできました。
    こうした皆様のおかげでゆきちゃんは天国に行くことができました。

    最後に二女から先生へ「私は遠く離れていますが、かない先生がいつもゆきちゃんと家族の側にいてくださることを見て知っていたので、ゆきちゃんに
    会えないのは寂しいですが、いつも安心していることができました。かない先生のアドバイスがなければあの柔らかくて可愛いカラーもありませんでした。本当にお世話になりありがとうございました」
              皆さまに心からの感謝を込めて 船引 家族一同

    • 船引さん、心のこもった返信、ありがとうございました。ゆきちゃんがご家族にそのように見送られて亡くなったことを知り、胸がいっぱいになりました。
      いまは思い出して哀しいと思いますが、ゆっくりと思い出を整理しながら過ごされるといいと思います。
      ぼくも、ゆきちゃんやご家族のことは忘れませんよ!

  • ゆきちゃん、素敵なご家族の方と一緒で幸せだったでしょうね~
    コメント読んでて、涙が止まりません・・・

    動物を飼い始めた時から、いずれやって来るその日を考えずにはいられません。船引さん一家のように、いろんな事に感謝して、一日一日を大切に過ごして行きたいとあらためて思いました。

    ゆきちゃんのご冥福をお祈りいたします。

    • くうちゃんママさん、当たり前のように過ごしている日々は、当たり前ではないのでしょうね。動物と接していると、それを感じます。
      今日も元気で!

  • 素敵なお話ありがとうございました。
    小さな親切に大きな愛を感じます(^^)

    日々大切に向き合う事
    どんな時も優しく付き合う事
    最後まで希望を持って付き合う事

    大切な事を感じさせて頂き、感謝します(^0^)v

    • LOVEさん、ありがとうございます(^^)
      動物がどんなときでも、希望を持って診ていきたいと思います。

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